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空の湯の過ごし方<第4話>スポーツマッサージに行く

ゴールデンウィーク。成田空港で働く芝子にとって、それは世間で騒ぐように楽しい休みではなく、むしろ大変な時期だった。ターミナル利用者が増えれば売店やレストランも栄える。納品業者だってたくさんの荷物を運んでくる。トイレは汚れるし、ゴミも増える。それをいつも通りの環境に保つのが芝子の役目だ。ところが、今年は様相が一変した。人がいない。歩いているのは首からラスターを下げたスタッフだけだ。昨日の第2ターミナルの出国者はついに100人を切った。成田空港全体でも300人に満たない。B滑走路は閉鎖され、行く宛のない飛行機の駐機場になっている。ターミナルも半分以下の稼働状況だ。日本の表玄関であるはずの成田空港がこんなになるなんて、3ヶ月前までは誰も想像しなかった。芝子も入社して10年、初めての経験だ。雪が降ろうと地震だろうと、隕石が落ちようと、宇宙人が来襲しようと成田空港は大丈夫だ。そう思って空港に就職したのに・・・。

 それでも芝子の職場は良いほうかもしれない。成田空港には4万人を越える人たちが働いている。真っ先に思いつくのはエアライン。パイロット、CA、カウンター。そして税関や検疫、警察、消防、売店、レストラン、給油、貨物、機内食、グラハン、清掃、警備・・・。さらに、周辺ホテルやそれらに納品する仕入業者らを含めると軽く10万人を越す人たちの仕事が一気に消滅した!

 ラウンジ、売店は閉鎖、先週から作業エリアは半分になり、それに伴って出勤者も半分になった。手摺やドアノブ、ボタンの消毒は念入りに行うが、それでも仕事は捗る。汚れてないし、ゴミも出ないからだ。定時になってタイムカードを押す。

「不要不急の外出は控えてください。三密は避けてください。人との接触を8割減らしてください。」緊急事態宣言が出てからというもの、自宅と職場の往復だけで過ごしてきた。休みの日は裏山でばあちゃんと筍掘りの日々。「昨日は、ついつい掘りすぎてしまった。」筍は見つけるのが大変だが、ばあちゃんはすごい。白内障の手術が成功し、以前より視力が上がったとはいえ、次々に見つける。まるでレーダーがついているようだ。それを掘るのが芝子の役目。高校時代のテニス部と日々のモップ掛けで鍛えたスナップで掘って掘って掘りまくるのだ。掘った筍を山から下ろすのがまた大変。20キロにもなった背負い籠(しょいかご)を背負って急斜面を何往復。「腰が痛い・・・」さすがの芝子もガタが来たようだ。そう言えば空の湯の入口にスポーツマッサージがあったはずだ。いつも怪しげなおじさん達が声掛けをしている。芝子は怖くて入ったことがなかった。物は試し、行ってみるか・・・。芝子は空の湯に向かってハンドルを切ったのだった。

 空の湯は寂しかった。緊急事態宣言が出されてから温泉もスポーツジムも理髪店もゴルフも自転車屋もお休みとなってしまった。駐車場もガラガラだ。スポーツマッサージだけが頑張って営業を続けている。外から中は丸見えだ。怪しげないつものおじさん達がいる。周辺市町が発行しているマッサージ券が使えるんだからモグリではないんだろう。意を決して入店。おじさん達はいつもフレンドリーだ。これまでも挨拶ぐらいは交わしている。

「おや、今日はどうしたの?」かくかくしかじか・・事情を説明して施術開始。「いてっ!」優しかったのは最初だけ。どんどん痛くなる。だけどお構いなしに、ぐるぐる回す、ぐりぐりおっぺす、引っ張る、広げる。年頃の乙女なんだからもう少し手加減したらどうだ。「痛いのは凝ってる証拠だよ。」そんな事言われながら1時間。やっと拷問が終わった。もう二度と来るもんか。そう決意して帰路についた芝子だった。

 自宅に着いてばあちゃんに、マッサージの事を話すと意外な答えが帰ってきた。「おや、芝子も行ったんかい? あたしなんか空の湯出来てっから毎週のようにお世話になってっど。おかげで今年は3日と空けずに山に行けてっぺ?」 80を越えたシワだらけのドヤ顔でゴールドの会員証を見せられた。ポイントカードには10個以上のハンコが押してある。そう言われりゃそうだ。正月の頃は杖をついて歩いていたのに、今は普通に歩ってる。曲がってた背中も伸びていた。毎日見てるから気が付かなかった。

 翌日、芝子は爽やかに目が覚めた。いい天気だ。ベッドから飛び降りると大きく背伸び。さあ、今日もばあちゃんと筍掘りに行くどー!